『このBLがヤバい!2019』
堂々の1位を獲得したノスタルジックロマンスの傑作、それが今回紹介する、吾妻香夜先生の「ラムスプリンガの情景」です。
無類のBLファンの私はドキドキしながら手に取り読み進めました。
ノスタルジックロマンスの最高傑作とも謳われる、この作品のネタバレと感想を熱く語りたいと思います。
ラムスプリンガの情景のネタバレと感想
出会いはちょっとした勘違いだった
80年代、アメリカ。
小さな街の小さな酒場で、オズは擦り切れた生活をしていました。
NYでプロのダンサーになる、その夢は叶わないまま。
そんな彼は、酒場のウェイターとして住み込みで働くかたわら、もうひとつ〝仕事〟をしていたのでした。
ある夜、マスターから『ヘンな奴』を酒場から追い出すように言われたオズ。
そのヘンな奴は、2時間も壁に向かって突っ立っているらしいのです。
金髪に麦わら帽子をのせて俯く彼を、客の一人が「アーミッシュじゃないか」と教えます。
アーミッシュとは、キリスト教系の宗教集団のこと。
文明が刻々と開けていくなか、電話も自動車も持たない、移民当時と変わらない生活を続ける彼ら。
妙な青年はその集団の一人だと、客は言うのです。
うまいこと追い出せば、来月の家賃まけてやる。
そんな甘い言葉に釣られて、青年に声を掛けたオズ。
すると青年は、酷い訛りの英語でたどたどしく話し始めました。
「僕…えっと、こういうところ初めて来て…」
「きっ、きみ…よかったら教えてほしい…んだけど…」
その言葉を聞いて、オズは「なんだ」と息を吐きます。
「お前、そっちの客か」
するとオズは青年の手を取り、さっさと自分の部屋へと向かいました。
ベッドを前に、手慣れた様子で服を脱いで行くオズ。
対して青年は、オズの質問にわかっているような、わかっていないような返事ばかりをしています。
後腐れのないように、お互いのことは喋らないようにしよう―――
しかし金髪の青年は、オズの言葉にかぶせるようにして、自分のことをぺらぺらと話し出します。
友人やいとこのこと。
今まで村から一歩も出たことがないこと。
そして、ラムスプリンガに入ったばかりであること。
ラムスプリンガとは、アーミッシュとして生まれた者が、敬虔なキリスト教徒として彼らのコミュニティに残るか、家族を捨てて外の世界で生きるのかを決めるための、俗世を体験する期間です。
そんなことは知らないし、客の身の上話なんて聞かないと言うオズは、青年をベッドへ押し倒します。
「料金なら1時間35ドルだ。安いだろ」
「そんなに持ってないよ。お酒飲んでみようと思ってこのお店入っただけで…」
と、青年の話の途中でキスをしてしまったオズですが、彼の言葉にようやく事態を飲み込みます。
そうです。
オズは青年を、自分を買いに来た男だと思っていたのですが、青年は純粋に酒を飲もうとしていただけなのです。
誤解が解けた直後、金髪の青年は迎えに来た幼なじみ、ダニーとともに村へと帰っていきました。
「テオドール・サリヴァン」と自分の名を告げて……。
無邪気で朴訥な彼の笑顔は、彼が去った後もオズの心に残りました。
まるで運命のように、惹かれ合う二人
その後、二人は偶然にも再会します。
テオが村を飛び出して来たのです。
もともと、オズはちょっぴり擦れた性格。
ですが行くあても無いテオを放っておけず、なにかと面倒を見てしまいます。
ともに時を過ごすなかで、テオのことを少しずつ知っていくオズ。
テオもまた、自分の知らないことをオズから教わります。
それは音楽のことだったり、映画のことだったり…オズ自身のことだったりしました。
そのうち、互いに抱く感情に変化が現れます。
あるとき、テオはオズに「もう一度キスがしたい」と打ち明けます。
オズは求めに応じるように深いキスを与え、そのままテオの中心を口で愛撫しました。
焦りながらも果てたテオに、オズは「溜まっていたがゆえの勘違い」と言い放つのです。
するとテオは、オズのわからないドイツ語で必死に言い募ります。
「オズを抱きたい」と。
言葉は理解できないものの、一変したテオの雰囲気にたじろぐオズ。
しかしベッドで「勘違いだなんて言わないで」と、縋るように自分を抱くテオを受け入れるのでした。
情熱的な夜を過ごした二人ですが、無情にも現実が彼らを引き離します。
ラムスプリンガは終わりを迎え、テオはまたも迎えに来たダニーによってオズから離されようとしていました。
ですが、ここでテオが男を見せます。
村にオズも連れて行くと言い張り、離れようとはしなかったのです。
アーミッシュの村に立ち、その穏やかさに自分の故郷を思うオズ。
夢破れた悲しさ、家族の期待に応えられなかったという悔いがその身を苛みます。
堪えきれず涙するオズを、優しく慰めるテオ。
再び情を交わす二人でしたが、このとき、オズはまだ事の深刻さに気が付いていませんでした。
それは、テオの幼なじみであるダニーから告げられます。
ラムスプリンガが終われば、アーミッシュはある決断を迫られます。
村に残るか、村を出るか。
村を出れば、再び故郷の地を踏むことはできません。
「家族を失いたくない」
アーミッシュにとって、村で生きる人々は家族同然なのでしょう。
ダニーの兄は、ラムスプリンガの後に村を出てしまいました。
ダニーがテオまでそのように失いたくないと思うのは、仕方のないことなのかも知れません。
その話を聞かされたオズは、テオを置いて酒場へと戻ってしまいます。
そんなオズに、以前客だったエディが取り巻きとともに襲い掛かります。
犯されそうになったオズを救ったのは、駆け付けたテオでした。
テオは、オズと一緒に生きると覚悟していました。
しかし救い出されたオズは、そんなテオを村へと帰してしまいます。
どうして? と読者として突っ込みたくなる場面ですが、これは大どんでん返しへの布石に過ぎませんでした。
村ではテオの洗礼が始まろうとしていました。
そこへ颯爽と現れたのは、なんとオズ!
テオと抱き合い、口づけて、二人で生きると覚悟を見せます。
テオは家族同然のダニーに別れを告げ、二人は夕日の中へと去って行きました。
遠いNYを目指して……。
ラムスプリンガの情景を読んでの感想
読後は一本の映画を見終えたかのような満足感
アーミッシュという特殊な生き方を貫く集団。
そして、ラムスプリンガという通過儀礼。
この設定で、ただのBLで終わるはずもありませんでした。
夢破れてすっかり擦れてしまった青年と、時の流れに支配されない村で生きてきた青年。
まったく正反対とも言える二人が、互いの穴を埋めるかのようにその魅力に惹かれていく様は、本当に情熱的でした。
村を出ると決めたなら、二度と戻ることは叶わない。
そんな厳しい掟を前にしてもなお、自分とともに生きることを選んでくれたテオ。
こんなの、惚れない方が難しいですよね。
そんな一途で素直なテオだからこそ、オズのひた隠しにしていた繊細な心を見つけ出すことが出来たのだと思います。
脆さを隠しながら体を売るオズの儚さや優しさに惹かれ、どんどん雄として開花していくテオを見るのは楽しかったです。
ラムスプリンガの情景は物語の秀逸さはもちろん、柔らかで美しい絵もしっかりと描き込まれていて、最初から最後まで読者を惹きつけます。
ぜひ、その目で最初の1ページをめくってみられることをおススメしたい、そんな素晴らしい作品でした。